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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9258号 判決 1978年7月31日

原告 合名会社中谷本店

右代表者代表社員 中谷春枝

右訴訟代理人弁護士 浅井和子

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 半田良樹

右同 田中隆志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金三、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一月五日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四七年一〇月二八日、東京都品川区東大井五丁目三九七番二〇及び同四〇六番三、四、五の土地に別紙目録記載の事務所兼共同住宅(以下「本件マンション」という)を建築すべく、被告の建築主事谷口寅一(以下「谷口主事」という)に対し建築基準法(以下「法」という)六条に基づく建築確認申請を品川区役所を経由して提出した。

2  谷口主事は被告に対し昭和四七年一一月八日付で、法六条三項に定める二一日の期間内に本件確認申請に係る計画が関係諸法令に適合するか否か決定できない旨の同条四項後段に定める通知(以下「中断通知」という)をなした。

3  その後昭和四七年一二月二六日には右谷口主事は、法九三条一項に定める東京消防庁の同意を得ること等の諸手続を含め、本件確認申請に係る計画が、関係諸法令に適合しているとの審査を終了した。

4  法六条三項、四項は建築主事に対し、同二項規定の期間内に、建築確認申請の関係諸法令適合性を審査し、確認、不確認の通知を申請者になすべき義務を課しており、又仮に正当な理由があって法六条四項後段の中断通知をなした場合であっても、その後審査が終了し次第直ちに確認、不確認の通知を申請者になすべきであって、審査が終了しているにも拘らず行政的配慮等から右確認処分を留保するのは違法である。

5  従って谷口主事は法六条に基き審査し、かつ確認申請受理の日より二一日以上経過した昭和四七年一二月二六日から事務処理期間及び年末年始の休業期間を考慮しても、遅くとも昭和四八年一月五日には本件確認申請に対し確認処分をすべきであった。

6  然るに谷口主事は違法にも本件確認申請に対する確認処分及び通知を同年四月二日まで遅滞した。

7  原告は谷口主事の右違法な不作為により次の損害を受けた。

(一) 請負代金増加額二、四五〇万円

原告は昭和四七年一二月初旬株式会社奥村組に本件マンション建設工事を代金三億三、一〇〇万円で請負わせたが、右建築確認処分の遅滞により着工もそれに従って遅れ、折からの建築資材の急騰もあり右奥村組からの二、四五〇万円の請負代金の増額請求に応ぜざるを得なくなり、同四九年七月一〇日右増額分を右奥村組に支払った。

(二) 金利相当損害金五五〇万円

原告は本件マンションの建築資金として、昭和四七年一〇月三一日、金四億円を年利八・三パーセントで丸中木材有限会社から借入れたものであるところ、谷口主事の右違法な不作為の継続中である同四八年一月五日より同年四月一日までの八七日間余分の金利相当金(右年利八・三パーセントの金利相当金より四億円を同期間銀行普通預金に預け入れて得られる年利二・二パーセントの金利相当金を控除した金額)五五〇万円を支払った。

8  よって被告は原告に対し国家賠償法一条に基づく損害賠償請求として金三、〇〇〇万円及びこれに対する不法行為時である昭和四八年一月五日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

法六条三項、四項は訓示規定にすぎず建築主事の確認、不確認の処分が同条三項の法定処理期限を経過してなされても、当然に違法となるものではない。更に同条四項後段の中断通知を申請人になしている場合には、右通知後の不作為は違法とならないと解すべきである。

3  同5の事実中、谷口主事が昭和四八年一月五日頃本件確認申請に対し確認処分することが、後述の行政指導上の配慮の点を除けば可能であったことは認め、その余の法律主張は争う。

4  同6の事実中、谷口主事が原告主張の時期まで確認処分、通知をしなかったことは認め、その余の法律主張は争う。

5  同7の事実は不知、同8は争う。

三  被告の主張

1  谷口主事が昭和四八年四月二日まで本件建築確認処分をしなかったのは、次のとおり行政指導を行なっていたためであり、正当な理由があるから、何等違法となるものではない。

(一) 被告は昭和四七年七月、都内の建築物の大規模化、高層化に伴う居住環境の悪化を訴える都民と建築主の紛争の深刻化に鑑み、有効、適切な立法的解決が行なわれるまでの現行法体制の補完措置として行政が紛争解決に積極的に関与する必要を認め、紛争調整の担当部局を被告首都圏整備局に設置した。

(二) 昭和四七年一二月一二日、本件マンション附近の住民一〇〇余名より、本件マンションが建築されると著しい日照阻害、風害等の被害を受けるので本件建築確認処分に絶対反対するとの趣旨の陳情書が被告に提出され、原告と右住民との間の紛争激化が予想されたので、同日、とりあえず右紛争調整担当職員である藤中副主幹が住民より事情を聴取した。

(三) 前同様附近住民相沢豊外三名は、同月二三日都議会職員大沢三郎を紹介者として被告の建築指導部長に対し前項と同趣旨の陳情をなした。その際右建築指導部長は右藤中副主幹に命じて、原告に対し電話で右陳情の趣旨を伝え、附近住民との話し合いによる円満解決を指導させたところ、原告は右指導に応じて附近住民との話し合いによる円満解決の意向を明らかにした。

(四) 同月二五日、原告の代理人である株式会社奥村組担当者が附近住民との話し合いの経過を説明するため被告を訪れたが、その際右藤中副主幹は改めて附近住民との円満な話し合いによる解決を指導し、右担当者もその指導の趣旨を理解して応諾し、その旨原告に伝えることを約した。

(五) 右藤中副主幹と担当職務を同じくする丹保副主幹は昭和四八年一月二七日右奥村組営業係長に電話し、原告と附近住民との話し合いの経緯について説明を求めたところ「現在鈴木品川区議会議員の都合により話し合いが進展していない」旨の返答を受けたので、くり返し話し合いによる円満解決を指導した。その際右係長は原告も話し合いによる解決を望んでいるので至急話し合いを進める旨述べた。

(六) 当時原告代表社員であった中谷健は昭和四八年二月二三日附近住民との話し合いの経過を説明し右経過を記載した報告書を被告に提出するため被告を訪れたが、その際右丹保副主幹は同人に対し「昭和四八年二月一五日に新高度地区案が発表されたので本件建築確認申請のみならず、現在手持ちの申請全てについて新高度地区案に適合させるよう指導している。」と当時の被告の建築確認行政の方針を説明し、設計変更による協力を依頼し、かつ本件マンションの場合従前の経緯から話し合いによる円満解決が期待されるのでなお一層話し合いを進めることを指導し、右中谷もこれを応諾した。

(七) 谷口主事は昭和四八年三月一日附近住民との話し合いの経過を説明するために訪ねてきた前記中谷健に対し、再び前記の新高度地区案に関する被告の行政の方針を説明しその協力を依頼したが、原告は同日付で「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の審査請求(以下「本件審査請求」という)を東京都建築審査会(以下「審査会」という)に提起した。

(八) 谷口主事は昭和四八年三月一二日審査会に対し「原告の審査請求を棄却する」との裁決を求め、かつ前記の事情に鑑み、谷口主事に何等違法の不作為はなく、原告も被告の行政指導に応じており、相当期間の確認処分の遅れは承諾していたことを記載した弁明書を提出した。

(九) なお、原告が審査請求を提起した後にも、前記丹保副主幹は前記中谷健に昭和四八年三月末頃応接し、附近住民との話し合い継続の指導を行ない、右中谷は右指導に応じ、本件審査請求とは別に片方では住民との和解の交渉を続けていた。

(一〇) 以上の経緯で被告の行政指導が大きな役割を果した結果、昭和四八年三月三〇日、原告と附近住民との間で紛争解決の合意が成立し、同日の審査会において原告代理人弁護士浅井和子は話し合いがついたので建築主事が確認処分をなすなら本件審査請求を取り下げる旨述べた。谷口主事は附近住民との話し合いがついたのならこのまま確認する旨、述べた。

(一一) 原告は昭和四八年四月二日付で本件審査請求を取り下げ、谷口主事は同日本件建築確認申請について確認処分をなし、その旨原告に通知した。

(一二) 以上の如く原告と附近住民との間では継続的に話し合いがなされ紛争解決の可能性が大きかったのであるから、両者の解決の努力を水泡に帰し、かつ、紛争の激化を招くような建築確認処分を谷口主事がなさなかったのは条理上当然である。

2  本件行政指導は法一条に基づく適法なものである。

法は単に建築物に関するいわゆる基本法であるに止まらず個人の尊重に立脚した重要な人権立法に関係あるものとしての性格を有し、むしろ現在では法一条後段の公共の福祉の増進に資するという点の解釈に力点が置かれて然るべきである。従って日照等の環境保全について、公共の福祉の増進の立場から行政が指導を行うことは法一条が許容するところであると解され、同条がいわば本件行政指導の授権規定というべきである。

3  仮に法一条が本件行政指導の授権規定たり得ないとしても、以下の理由により本件行政指導は是認される。

即ち、建築行政の分野では近時良好な都市環境の保全にかかわる行政需要が著しく増大し、これに対処する行政活動は量的にも質的にも拡大してきた。社会情勢の進展を反映する行政指導の変化に的確に対応するには、具体的法規の定立を待つことが望ましいとはいえ、絶え間のない社会情勢の変化に機敏に対応することが行政の責務でもある。そこで、とりあえず具体的な法律の根拠がなくとも、行政指導という形でこれに対処せざるを得ず、本件の如く日照等の住環境侵害について適切な法律規制の欠如(現在では昭和五一年一一月一五日法律第八三号建築基準法の一部を改正する法律が施行され日影による中高層建築物の高さ制限が規定され、日照保護についての法的整備がなされた。)を補いつつ、行政目標を達成する応急策として、本件行政指導は是認されるべきである。

4  仮に谷口主事の本件建築確認処分の留保が違法であったとしても、右1記載のように原告は被告の行政指導に応じて附近住民との話し合いを進めてきたのであるから、相当期間の確認処分の遅れは承諾していたものというべきであり、右違法性は阻却される。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1(一)ないし(八)、(一一)の事実は認め、同(九)の事実中、審査請求後も原告が住民との話し合いを続けていたことは認め、その余は否認する。同(一〇)の事実中被告主張の日時に話し合いがついて、原告代理人及び谷口主事が被告主張の趣旨の発言を審査会でしたことは認める。

2  同2、3の主張は争う。

原告は行政指導の必要性を全く否定するものではないが、しかし行政指導はその方法、内容において法に反しない範囲で非権力的手法を駆使し、関係当事者による協力、同意を得てその互譲により紛争を解決するよう働きかけるべきものでなくてはならないところ、本件行政指導は「住民の同意がなければ確認をおろさないから、住民と話しをつけるよう」との強制的、権力的なものであって、行政指導として許容される範囲を逸脱していた。

3  同4中、原告が建築確認処分の遅れを承諾していたとの事実は否認し、その余の法律主張は争う。

前述のとおり被告の行政指導が強制的、権力的であったため、被告は建築確認を得るためやむを得ず、これに従っていたものであって、被告の行政指導を任意に同意し協力してきたとの事実はない。これをもって原告が確認処分の遅れを承諾していたことにはならない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告の請求原因1ないし3の事実及び谷口主事が昭和四八年一月五日に本件マンションの建築確認処分をなすことは、後述の行政指導上の配慮の点を除けば可能であったこと、同主事が確認処分をなしたのは同年四月二日であったことは当事者間に争いがない。

二  原告は、谷口主事が本件確認申請に係る計画が関係諸法令に適合しているとの審査を終了した後にも確認処分をなさず、これを放置したことが違法である旨主張するので、右主事の確認処分留保の適否につき判断する。

1  法六条三項が建築主事に対し建築確認の際審査すべく掲げているものは、建築計画の関係法令適合性の有無のみであり、建築主事は当該計画が関係法令に適合すると判断した以上は、法の定める場合(法二九条、三三条など)を除けば、確認するか否かの裁量を有している訳ではないこと原告の主張するとおりである。従って、当該計画が関係諸法令に適合していると判断したにも拘らず、右に不適合との処分を下すことが違法となることは明白である。そして、建築主事が当該計画が関係諸法令に適合していると判断したにも拘らず、確認処分をなすのを留保する場合にあっても、右不作為が前述の不適合処分をなしたのと実質において同視し得、建築主事が右不適合処分をすることが違法となることからこれを回避する目的をもって確認処分を留保するような事情のある場合には、右不作為も違法となることは論を待たないが、右の如き事情になく、むしろ、法の趣旨目的や社会通念に照し正当かつ合理的と認められるような事情が存する場合に、右事情が存続している間建築主事が確認処分を留保することは、これを右と同一に論ずることはできない。

2  そこで次に法六条三項、四項が建築主事が確認、不確認の通知をなすべき期限を法定していることにつき検討するに、右は本来建築自由の原則の支配する建築につき法的な規制を加える法が明文をもって規定している以上、単なる行政庁内部に対する訓示規定と解するべきではないが、一方では法六条四項後段が中断通知につき規定し正当事由ある場合の右法的期限の延長を許容している趣旨に徴すれば、右期限はあらゆる例外を認めない建築主事に対する絶対的義務規定と解するべきではない。

3  従って建築主事が法定期限内に応答できないことが、前述のように社会通念上合理的かつ正当と認められるような事情の存する場合には、中断通知をなした上で、右事情が存続している間応答を留保することはこれを違法ということはできないと解される(従って中断通知をなしただけでは足らず、中断通知後においても当然前述の如き正当かつ合理的な事情の存在が不可欠であり、この点中断通知後の不作為は違法とならないとする被告の主張は失当である)。

右の正当かつ合理的な事情としては、法六条四項所定の形式的理由のある場合は当然含まれるが、右以外にも実質的にみて建築主事が法定期限内に応答できない合理的理由のある場合、更には形式的には応答することが可能であっても建築主事が直ちに応答しない方がむしろ法の趣旨目的からも社会通念上からも相当であると解されるような特段の事情の存する例外的な場合もこれに含まれると解される。そして当該建築計画をめぐって建築主と近隣住民との間で紛争を生じ、地方公共団体が右紛争を解決すべく、行政指導の一環として紛争当事者の任意の協力に基づく協議、あっせん等を行ない、当該建築計画をめぐって建築主側と近隣住民側の間で当該地域の生活環境の維持、向上について現に協議が進行しているなどの事情のある場合も、双方の合意が成立しないことが明らかになった時は速やかに確認処分を行なう限りにおいて、これに含まれると解するのが相当である。

なお右の行政指導は原告主張のとおりその方法、内容において法に反しない範囲内において、関係当事者の協力、同意を得てその協議により紛争を解決するよう働きかけるものであるから、近隣住民の同意を確認処分の条件とするなどしてその協議及び同意を強要するが如きは許されないと言わざるを得ない。

三  以上のような見地から、本件確認処分留保の適否につき、以下検討することとする。

1  昭和四八年一月五日まで

被告が原告に対し昭和四七年一一月八日付で中断通知をなし、その後同四八年一月五日までは本件確認申請に係る計画の関係諸法令適合性の審査及び事務処理等のためにかかったことは前述のとおり当事者間に争いがなく、右日時までの確認処分の留保は法六条四項の許容する範囲内であり何ら違法とならないことも前述のとおりである。

2  昭和四八年一月五日以降同年三月一日まで

被告の主張1(一)ないし(七)の事実は当事者間に争いがなく、被告は原告に対し、昭和四七年一二月二三日以降同四八年三月一日に至るまでの間附近住民と話し合いによる紛争の円満解決をなすよう行政指導を行なっていたものである。そこで次に右行政指導が前述の確認処分留保を適法ならしめるものであったか否かにつき検討する。

(一)  原告は被告の主張1(一)ないし(七)の事実は認めるものの、原告がかかる被告の行政指導に従って附近住民との話し合いをすすめてきたのは、右行政指導が附近住民の同意を確認処分の条件としたため止むを得ず従ったものに過ぎない旨主張する。しかし前示当事者間に争いのない事実の外、《証拠省略》によれば、原告は本件マンションの建築予定地に以前より系列会社である丸中木材有限会社が営業を行なっていたこともあって、本件マンション建築についても近隣住民と紛争が生じないよう当初から気を配っており、建築確認申請をなす前から附近住民にあいさつ回りをするなどしていたこと、被告の行政指導が昭和四七年一二月以降行なわれてからは附近住民と一〇数回にわたり話し合いをしていたこと、原告は本件マンション建築の計画を立てた頃から浅井和子弁護士を代理人としており、当時の原告代表社員中谷健が数回被告を訪れた際には右弁護士が同道した場合もあったので、本件行政指導の行なわれた当初より行政指導があくまで当事者の任意の協力に基づくもので何ら強制力のないものであることを知っていたこと、被告が行なっている建築確認についての本件の如き行政指導の中にあっては原告はむしろ積極的にこれに応じて住民との話し合いを行なっていた方であること、本件行政指導は昭和四七年一二月中は藤中副主幹が、翌四八年一月以降は丹保副主幹が担当していたものであること、同年二月一五日に同年四月一九日実施予定の各地域ごとに建物の高さを制限する「高度地区指定」(以下「新高度地区案」という。)が発表され、いわゆる駆け込み申請に対処するため、右時点で確認申請を提出している建築主に対しても新高度地区案の規制に沿うべく設計変更するよう行政指導するようになり、同月二三日被告を訪れた前記中谷健に対しても右に沿う説明をなし、その際右中谷は経過報告書を持参し、附近住民との話し合いの経過を丹保副主幹に説明しており、右文書に「徒らに時間を浪費するばかりですので、何卒よろしく御配慮の程お願い申し上げます。」との記述があるも右趣旨は被告が附近住民に原告との話し合いに応じるよう積極的に働きかけてほしいということであったことが認められる。

(二)  右認定事実及び前記被告の主張1(一)ないし(七)記載の行政指導の経過をあわせ考えると、昭和四八年一月五日以降同年三月一日までは被告の行政指導に基づく当事者双方の協議が現に進行していたのであり、その協議を更に煮つめることにより当事者双方の合意が成立し得る状況にあったもので、原告としても右行政指導に従わされているとの感じは抱き、不満はありながらも一応任意にこれに応じ、附近住民側も任意にこれに応じていたものと認められる。尤も《証拠省略》によれば、被告は昭和四八年二月一五日以降の行政指導として建築主と附近住民との紛争が解決しなければ確認処分はなさないとの趣旨の方針をきめ、原告を含む建築主にその旨説明し、協力を求めたことが窺われるが、《証拠省略》によると、前記のとおり、右同日に四月から実施の新高度地区案が発表されたことに伴ない、駆け込み申請が多く、ひいて附近住民との紛争発生も多発し、被告の紛争調整担当職員の受持件数が増加し、その早期処理に困難を生じていた事情があり、かつ右新高度地区案にそった事前指導をなす必要上、前記措置がとられたことが認められるのであって、その措辞穏当を欠くものがあるとはいえ、その趣旨はあくまで建築主と附近住民との協議の進捗を図りもって法の目的、趣旨の実現を図るにあったと推認することができることから前認定に牴触するものとはいえない。

(三)  然らば昭和四八年一月五日以降同年三月一日までの間、谷口主事が原告の本件確認申請に対し確認処分をなすことは、かえって法の趣旨、目的にそぐわなかったのであり、右期間中の確認処分の留保は、前述の右留保に正当かつ合理的事情のある場合にあたるものと解され違法とはならないといわなくてはならない。

3  昭和四八年三月一日以降同年四月二日まで

(一)  被告の主張1(八)及び(一一)の事実、原告が本件審査請求を提起した後にも附近住民との話し合いは継続してきたこと、昭和四八年三月三〇日原告と附近住民との間で紛争解決の合意が成立し、同日の審査会において原告代理人浅井和子弁護士が話し合いがついたので建築主事が確認処分をなすなら本件審査請求を取り下げる旨述べ、谷口主事が附近住民との話し合いがついたのならこのまま確認する旨述べたことは当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、東京都の新高度地区案は昭和四八年四月一九日に施行され、右日時まで建築工事に着手していない建築物には全て新しい高度地区指定による高度制限が加えられることとなったため、原告が確認申請していた本件マンションについても右日時までに着工することが原告にとっては是非とも必要であったこと、そこで原告は審査会に対し本件審査請求をなすことによって附近住民との話し合いを積極的に進めようと図っていたこと、昭和四八年三月一日本件審査請求をなして一か月足らず後の同月三〇日には附近住民との間で金銭補償で話し合いがつき、原告は当時確認申請していた建築計画通りで建築確認を得ることができたことが認められる。

(三)  以上認定の事実によると、被告の行政指導によって昭和四七年一二月以降進められてきた原告と附近住民との話し合いは、本件審査請求の提出された昭和四八年三月一日以降も積極的に行なわれていたのであって、右時点において被告が本件マンションの建築確認処分をなし原告が直ちに建築工事に着手したならば、紛争が激化してしまったであろうことが推認される。

(四)  然らば昭和四八年三月一日以降同年四月二日に確認処分がなされるまでの間、谷口主事が原告の本件確認申請に対し確認処分をなすことはかえって法の趣旨、目的にそぐわなかったのであり、右期間中の確認処分の留保も又前述の右留保に正当かつ合理的事情のある場合にあたり、違法とはならないというべきである。

四  結論

叙上の次第で谷口主事が原告の本件マンションの建築確認申請に対し確認処分を留保したことは未だ民事上違法な不作為とはいい難く、原告の主張は結局全て理由がないことに帰するものといわざるを得ない。

よってその余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 小田泰機 高林龍)

〈以下省略〉

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